2011年2月28日月曜日

家康の教育。

征夷大将軍を、2代将軍秀忠に譲った(駿府に移ることを決めた頃の)家康の教育。

①鷹狩に子供達を連れ出す。まだ7歳にも満たない子供たちの楽しみといえば、鷹狩が終わった後の、鍋であった。

②鍋には、猪の肉や、兎の肉、野鳥等の肉が放りこまれ、駆け回って狩りをした子供達は、空腹であり、美味しそうな湯気の香りにたまらなく食欲をそそられる。

③しかし、家康は、食べてはいけないと言う。

これを聞いた、心の判らぬ者たちは、一様に、「とうとう家康に、死慾が出た。」と言ったりした。

④自分は腰に付けた干乾を食べ、鍋に入った御馳走は部下に食べさせる。

というのも、大将たる者が、一兵卒と同じように、慾を出すことは愚かであり、また、部下に対して、自分の子を思う親心のようなものがなくてはいけない!ということである。

⑤この教育方法は、可愛い子には旅させろ!とか、我が子を谷底に突き落とす!といった躾であり、心得である。

私も甘甘で育てられておりますが、一児の父となりましたので、親子共々、家康に習い、精進して参ります。

今回は一発目ということで、サラッと書きましたが、次回も、サラッと書きます。

次回はいつになることやら・・・

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